大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)161号 判決

原告

ノートン・コンパニー

右訴訟代理人弁理士

浅村皓

外三名

被告

ザ・カーボランダム・カンパニー

右訴訟代理人弁理士

小田島平吉

外三名

主文

特許庁が昭和五二年四月七日同庁昭和四五年審判第六一〇号事件についてした審決中、特許第四三六一九五号発明の特許請求の範囲(但し、一部放棄前のもの)のうち第一項及び第三項の発明に関する部分を取消す。

事実

第一  当事者の申立〈省略〉

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「アルミナージルコニア系砥粒」とする特許第四三六一九五号発明(一九六一年アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和三七年九月三日出願、昭和三九年八月一三日出願公告、同年一二月二八日登録。以下この発明を「本件特許発明」、特許を「本件特許」という。)の特許権者である。原告は、昭和四四年一二月二六日、本件特許につき特許無効の審判を請求し、特許庁昭和四五年審判第六一〇号事件として審理されたが、昭和五二年四月七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年五月二三日原告に送達された(出訴期間を三か月附加された。)。なお、被告は、右審判の係属中、本件特許発明の特許請求の範囲のうち第一項及び第三項の発明につき特許権の一部放棄をし、昭和五一年八月一六日その旨の登録を経由した。

二  本件特許発明の特許請求の範囲(但し、一部放棄前のもの)

1  本質的にはアルミナ及びジルコニアからなり、ジルコニア量は砥粒の重量の五〜三〇%で、嵩比重が約2.0またはそれ以上、ブロツク形状をなし、かつ、フライアビリテー指数が二五以下であることを特徴とする砥粒。

2  実質的に製品砥粒のジルコニア含有量が五〜三〇%となるように混合したアルミナ原料とジルコニア原料との混合物を溶融し、溶融混合物を急冷し、ついで、嵩比重が約2.0以上であり、フライアビリテー指数が二五以下で、かつ、ブロツク形状をなすように冷却物を衝撃粉砕する諸工程からなる砥粒の製法。

3  砥粒のジルコニア含有量が五〜三〇%で、砥粒の嵩比重が約2.0またはそれ以上、かつ、ブロツク形状をなすようにアルミナとジルコニアとの溶融物から得られた砥粒及び砥粒を結合する熱硬化性樹脂からなることを特徴とする砥車志。

三  本件審決理由の要点

本件特許発明の特許請求の範囲のうち第一項及び第三項の発明につき特許権の一部放棄の登録がされたので、その要旨は前項2のとおりと認める。

そして、本件特許発明における「急冷工程」と「衝撃粉砕工程」とは、強度の大きな砥粒を得るという目的を達成すべく緊密に結合している。

一方、請求人(本訴原告)が提出した「PRODUCT ENGINEERING BULLE-TIN」「(一九六一年七月一日付カーボランダム社刊。以下「引用例」という。)には、ジルコニアを10.10%含有し、嵩比重が2.13〜2.19gm/ccであり、フライアビリテー指数が一五〜二〇である、ブロツク形状をした溶融アルミナ砥粒及び該砥粒が平均粒径一五〇の微細結晶アルミナジルコニアから構成されていることが記載されているに過ぎないし、その余の提出文献によつても、①本件特許発明について特許出願をなした際の優先権主張日前にジルコニアを含有するアルミナを急冷することが常套手段であつたこと、②該優先権主張日前にジルコニアを含有するアルミナを衝撃粉砕することが公知であつたこと、または、③該優先権主張日前にジルコニアを含有しないアルミナからより強度の大きな砥粒を得るためには該アルミナを衝撃粉砕しなければならないとする知見が公知であつたことのいずれも認めることはできない。

したがつて、本件特許発明は、引用例から容易に想到しえたものということができない。

四  審決の取消事由

審決は、本件特許発明について特許権の一部放棄があつたことを理由に、特許請求の範囲のうち第二項の発明についてのみ要旨認定をし、無効審判請求の当否を判断している。

しかし、特許権の放棄があつたときは、遡及して消滅する旨の規定がないから、特許権は、放棄の登録がされたときにその効力を失うものであり(特許法第九八条第一項第一号)、このことは、特許権の一部放棄であつても同様である。一方、特許法第一二三条第二項の規定によれば、消滅した特許権についても特許無効審判の請求ができるものである。

したがつて、本件においては、無効審判請求中に特許請求の範囲のうち第一項及び第三項の発明につき特許権の一部放棄があつても、右発明についても要旨認定をし、無効審判請求の当否を判断すべきものであるのに、審決は、これをしていないから、違法である。

理由

一請求原因事実中、被告が特許権者である本件特許発明について、原告の特許無効審判の請求から、被告の特許権一部放棄の登録を経て、審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、右放棄前の特許請求の範囲及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。

二右争いのない審決理由の要点によれば、審決は、本件特許発明の特許請求の範囲のうち第一項及び第三項の発明につき特許権の一部放棄があつたことを理由に、残余の第二項の発明についてのみ、要旨認定をしたうえ、無効審判請求の当否を判断していることが明らかである。

しかし、特許法第九八条第一項第一号の規定によれば、特許権の放棄による消滅は、その登録によつてその以後につき効力を生ずるものであり、このことは、特許請求の範囲が二以上の発明に係る特許のうち一部について放棄があつたときも同様であるが、一方、特許無効の審判が特許権消滅後においても請求することができることは、同法第一二三条第二項に明記するところであるから、本件のように、特許請求の範囲が二以上の発明に係る特許発明の無効審判係属中に、そのうち一部の発明について特許権一部放棄の登録があつても、審判における審理判断に何らの消長を及ぼすべきものではない。

したがつて、本件特許発明の特許請求の範囲のうち放棄のあつた第一項及び第三項の発明について何ら審理判断をするまでもないものとした審決は、その点において違法たるを免れない。

三ところで、特許請求の範囲が二以上の発明に係る特許権に関しては、特許法第一二三条第一項柱書後段に「……発明ごとに(特許無効の審判を)請求することができる。」と規定され、また、同法第一八五条には、特許権消滅後の特許無効の審判の請求及び特許無効審決の確定の効果は発明ごとに特許権があるものとみなす旨の規定があることから考えると、右のような特許権について一個の無効審判の請求がされ、これに基いて一個の処分の形式の審決があつた場合でも、その審決は、実質的には発明ごとに独立した判断をしているものと解するのが相当であり、これを一体不可分の意思表示とみるべき理由はない。(もつとも、同法第一五四条の規定によれば、一個の審判請求について審理を分離することはできないようであるが、そのことと、二つ以上の発明に係る特許権の無効審判の審決が可分なものであるかどうかとは、別異の事柄である。)

したがつて、右の審決に対する取消訴訟において、一部の発明についての審決内容を失当とするときは、裁判所は、その発明を特定して審決の一部取消をすることができるものである。

(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例